今日はバンコクで北朝鮮戦。
それを観戦する前に反芻して記録しておきたいことがあった。
― 「ドーハ」の夜 ―
あの時、私は青森にいた。「サッカー日本代表が初めてW杯に行けるか」という日に青森市内に2泊3日の出張をしていたのだ。その夜、カタールのドーハで行われる対イラク戦は首都圏のTVは当然生放送であった。しかし、なんと青森では生放送ではなく2時間遅れの放送だった。
「なんてこったい!」と悪態をつきながらも、どうしようもできない。仕事を終え、夜、宿に戻った私は東京の友人へ公衆電話から何度も電話をかけた。試合経過を聞くためだ。ケイタイ電話やインターネットなどなかった頃である。リアルタイム感を味わうにはそれしかなかったのだ。
2度目にかけた時。「カズがゴールを決めた」と。よし!、と公衆電話内でガッツポーズ。
3度目、前半終了時。「同点に追いつかれた」と。クーッ!、しかしまだまだこれから。
4度目、後半の40分くらいに最後の電話を入れた。「ゴンが点を入れて、日本2-1!」と電話の向こうの声が興奮していた。
これで念願のW杯初出場だ。私はその足で近くのコンビニに酒を買いに行った。2時間遅れで放送される試合を祝杯を挙げながら観戦するためだ。
そしてその2時間後、ビジネスホテルの一室の男を呆然とさせたその試合は、のちに「ドーハの悲劇」と呼ばれた試合だった。
― 「ジョホールバル」の夜 ―
それから4年の歳月が過ぎた。アメリカW杯へ行けなかった日本代表は、フランス大会を目指して苦闘の連続だった。やっと首の皮一枚で臨んだ第3代表決定戦、対イラン戦。これに勝ったほうがW杯の切符を手にできる。
その時は自宅でTV観戦できた。ちょうど息子が生まれて1歳になる前だった。
私のソワソワを見た家内は
「隣の部屋で子どもが寝ているので、テレビの前で大騒ぎしないように」ときつく(?)警告していた。
OKと私は掛け布団を用意した。それは「アアー!」「やったー!」とか大声を出す時は布団を口につけるためである(苦笑)。つまりサイレンサー(消音器)ってわけだ。
エキサイトなシーンが満載のこの試合はこの布団サイレンサーが役に立った。
イランに逆転を許した時「あー!●×△◇●×△◇」
城の同点ヘッドに、「やっ●×△◇●×△◇!」
延長で野人岡野が外しまくった時「なにやっ●×△◇●×△◇!」
と効果絶大だった。
最後の決勝ゴールを決めた時。なぜか声も出ず、かわりに涙が出てきた。
全国のサッカーファンの多くはそうだっただろう。
「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれた試合を掛け布団を持って正座してTV観戦していた男。それは私だけかもしれない。
今夜の試合は、生放送で息子も一緒にTV観戦だ。障害はすべてクリアである。
さて、今夜の試合は「バンコクの○○」と呼ばれるのだろうか。
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